多門侑羽子ってこんな人…どこにも馴染めなかった私が、50代女性の集客を伴走する理由
50代からの女性起業家さんといっしょに、SNS集客のしくみをつくる仕事をしています。
インスタ、Threads、LINEの導線、AI活用まで――「難しそう」と思っていたことを、手を動かしながら一つずつ形にしていく、そんな伴走スタイルです。

でもね、最初からこんなふうに動けていたわけじゃないんです。
むしろ逆で。幼いころからずっと、「あれ、私ってどこかズレてる?」という感覚を抱えて生きてきました。
まさかそれが、いちばんの強みになるなんて——当時の私には、想像もできませんでしたけど。
ここでは、そんな私のことを少し話させてください。
どこにも馴染めなかった、あの頃の私
実は私、小学校に上がるまでの5年間、ドイツで過ごしていたんです。
父が商社マンだったので、母と一緒について行ったんですね。今みたいに「海外育ちってかっこいい」なんて時代じゃなくて、日本人駐在員の家族なんて本当に珍しかった頃。

だから、日本人駐在員の家族なんて本当に珍しくて、 現地では「日本ってどこ?」という扱いでした。
現地では、同じマンションに住むドイツ人の男の子とミニカーで遊んだりして。ドイツ語もなんとか話していたんですけど、トラブルだらけで(笑)。結局、現地の幼稚園には通わないまま帰国しました。

問題は、帰ってからでした。
ドイツの習慣が抜けなくて、 初めてよそのお宅にお邪魔したとき、土足でズカズカ上がり込んでしまったり… まあ、やらかしました(苦笑)。

小学校に入学したとき、まだひらがなが書けなかったんです。学校では「ドイツ人!ドイツ人!」とからかわれて、妹と一緒にドブに落とされたことも。
中学でもお昼はひとり。女子がぞろぞろトイレに連れ立っていくのを見ては、「なんで一緒に行くんだろう?」と本気で不思議に思っていました。今思えば、そのズレ具合がなんとも私らしい(笑)。
転機は高校でした。ハンドボール部で真っ黒に日焼けして、箸が転げても笑えるような仲間に初めて出会えたんです。

「あ、私、人と関わるのが好きかもしれない」
どこにも馴染めなかった私が、少しずつ自分の輪郭を見つけていった時間でした。
それでも前を向いて、歩き続けた
大学は法学部へ。宅地建物取引士と行政書士の資格を取り、損保会社で法人営業をしていました。不器用だったけど、向上心だけは誰にも負けなかった20代でした。
その後、夫のパリ転勤をきっかけにル・コルドン・ブルーへ。子どものころから母のパーティーでお菓子作りを手伝っていた私にとって、それは自然な一歩でした。

思い通りのデコレーションが完成したとき——「あ、これが私の世界だ」と、はっきり思いました。
帰国後、洋菓子教室を開講。気づけば22年、続いていました。
ドイツで育ち、パリで学び、日本で教える。遠回りに見えて、全部つながっていたんです。

55歳。ゼロから飛び込んだ、もう一つの冒険
コロナ禍で対面教室が立ち行かなくなり、生活のために病院の事務職をしながら、ある日スマホに流れてきたオンライン講座の広告を見て、ふと思いました。
「私にも、できるかな」
説明会に行ったら、受講料は38万円。「やれるのか、私に」——何度も自問しました。それでも申し込みました。「まだ、新しいことができるはずだ」という気持ちが、怖さを少しだけ上回ったんです。
夫に「今月、収益あるの?」と聞かれる夜が続きました。答えられませんでした。6万円、とは言えなかった。
一番しんどかった夜
最初の半年間の売上は、6万円でした。
夫に「今月、収益あるの?」と聞かれる夜が続きました。答えられませんでした。6万円、とは言えなかった。
毎日投稿しても、反応は薄い。誰にも届いていない気がして、画面を見るのが怖くなっていきました。
変わった瞬間
そんなある夜、ふとドイツ人のインスタアカウントに目が止まりました。
美しかった。ただただ、美しかった。自分の周りにはない世界観。洗練されていて、でも温かくて——見た瞬間、「これだ」と思いました。
「比べるべき相手は、フォロワーの多い日本人じゃなかった。私が目指す世界観は、ここにあった」
そこから、発信が変わりました。
「6万円の自分」で動くのをやめました。月30万円の自分だったら、どう動くか。そう問いかけると、「あ、まだ動きが足りていない」と自然に見えてくる。比べるのは、昨日の自分だけ。

そして、今のビジネスパートナーとの出会いがもう一つの転機になりました。自分の講座全体を俯瞰して見る習慣ができ、「木を見て森を見ず」だった私が、ロードマップを描けるようになっていきました。
初めてのお申込み、そして今
ある日、インスタのDMに通知が来ました。
「動画がきれいで、気になっていました。申し込みたいです」
天にも昇る気持ちでした。あの夜、ドイツ人のアカウントに救われた自分の世界観が、誰かに届いた瞬間でした。
あれから、受講生は1120名以上になりました。エステ、ハンドメイド、料理——ジャンルは違っても、その先にいるお客様が喜んでくださる。その輪がじわじわと広がっていくのを見るとき、「ああ、この仕事をしていてよかった」と心から思います。
だから私は、あなたの隣に立ちたい
「ゆうこさんとZoomすると、なぜか元気になるんです」
そう言ってもらえることが、一番の喜びです。

私は、どこにも馴染めない子どもでした。ひとりでお昼を食べて、ひとりで画面に向かって、誰にも言えない孤独の中で踏ん張ってきた。
だからこそ、「一歩が踏み出せない」「自分なんて無理かも」と感じているあなたの気持ちが、リアルにわかるんです。
その隣に、一緒に立たせてください。

どこにも馴染めなかった私だから、迷っているあなたの伴走ができる。それが、私がこの仕事をしている理由です。
集客伴走プロデューサー 多門侑羽子(ゆうこ)
だから私は、あなたの隣に立ちたい



